私たちが言葉で学べる知識は、形式知といいます。
言葉で学べることは、7%といわれます。
残りの93%は、感覚で身につく暗黙知です。
暗黙知を手に入れるには、その環境に飛び込むしかないわけです。
今回は、暗黙知を手に入れた松下村塾吉田松陰について、お話します。
日本全国2周回れるほど旅をして暗黙知を手に入れた吉田松陰
吉田松陰が生きていた時代の日本は、江戸時代に鎖国をしたため、約300年海外から遅れていました。
黒船とかペリーがやって来て、「海外の属国になれ」という中、吉田松陰は、自分たちの育った国とか土地を愛して、立ち上がろうと思った時、このままいけば世界に植民地化されてしまうと危惧しました。
日本が遅れているなら勉強しようと、彼は29歳で亡くなるまで、日本全国2周回れるほど旅をしたそうです。
また、先進の国アメリカに行って学びたいと思い、もちろん当時の日本国の違反だと分かっていましたが、アメリカの軍艦に無断で乗り込もうとして捕まりました。
吉田松陰は、アメリカの環境の中にオールインワンしようとしたのです。
結局、吉田松陰は逮捕されて、山口県で牢獄に入れらました。
牢獄に入れられた1年間、牢獄の中で600冊の本を読んだそうです。
それを見ていた他の囚人は、「こいつはすごい、牢屋に入って勉強している」
囚人の一人は、「中国の孟子の教えを教えていただけませんか」とお願いしました。
すると吉田松陰は、「わかった、僕も勉強中だから、共に学ぼう」と応えました。
「親孝行したいときに親はなし、今を大切に生きよう」とか、そういう当たり前のことを教えています。
松下村塾吉田松陰「共に学ぼう、そして自ら気が付くことが大切だ」
その後、牢獄から出てきて、松下村塾を作ります。
その当時、すごく優秀な人たちが全国から集まる、明倫館という有名な塾もありました。
しかし、「日本を守ろう」という志を持っていても、農民出身者は明倫館には入れませんでした。
だから、吉田松陰は、松下村塾という小さい私塾を創りました。
「君の悩みは何ですか?」と一人ひとりの悩みを聞いて、解決する仕組みを取りました。
吉田松陰は「共に学ぼう、そして自ら気が付くことが大切だ」と言いました。
「松陰先生、私は頭が悪くて、記憶できませんが、どうしたらいいですか?」
吉田松陰は、
「大丈夫、本の知識は、誰だってすぐに理解できるものではない。自分が実践して、体験する中でちゃんと分かる時期が来るから、志をもって勉強をやり続けなさい」
そう言いました。
そして、
「頭で学んでいるだけじゃダメです。旅に出なさい」
と言いました。
旅に出るといろんなことを経験できるし、多くの気づきがあるからです。
私たちが言葉で学べる知識は、形式知といいます。
言葉で学べることは、7%といわれます。
残りの93%は、感覚で身につく暗黙知です。
暗黙知を手に入れるには、その環境に飛び込むしかないわけです。