自分を見失いそうになった時の光 FOR YOU!  永松茂久さんの書籍『感動の条件』より

感動の条件 ~あなたの一生を1時間で変える本~ [DVD付]/永松 茂久

¥1,680

永松茂久さんの書籍『感動の条件』には、永松茂久さんが『自分を見失いそうになった時の光』について書かれています。

 

■豊かさを創る質問■

・あなたの大切な人は誰ですか?

・あなたの大切な人は、笑っていますか?

・あなたは大切な人のために、どのように命を使いますか?

 

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<魔法のレシピ>

自分を見失いそうになった時の光 FOR YOU!

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◆永松茂久さんは、商店街で代々商売を営む家系に生まれました。

 

曾祖父、つまり永松茂久さんの、ひいおじいさんはリヤカーから商売を始め一代で九州に名だたる下駄の問屋を叩き上げた大商人でした。

しかし時代の流れには逆らえず、永松茂久さんの母が生まれるころには下駄屋は縮小され、後を継いだ、永松茂久さんのおじいさんは、小さな下駄屋と、残りのスペースを人に貸してテナントを営んでいました。

親も商売でいっぱいいっぱいだったたので、永松茂久さんと弟はある意味、おじいさんとおばあさんの下駄屋の中で育てられました。

 

◆時がたち、永松茂久さんが商売を始める2年前に、おじいさんは他界しました。

永松茂久さんは仲間を引き連れて念願の『たこ焼き屋』を始めたはいいもののまったく上手くいきません。

日に日に仲間が疲弊していくのがわかり、自分は何のために商売を始めたのかが全くわからなくなったことがありました。

そんな中、行商に行った時に止まった鹿児島の宿で流れている映画『ホタル』をぼんやりと見ながら、いろいろナことを考えていたらふと、永松茂久さんのおじいさんがいった一言を思い出しました。

 

◆『シゲ、迷ったら知覧に行け。必ず何かが見えてくる』

その後、行商の中日に、知覧にいきました。

 

そこには今から65年前、太平洋戦争の末期に負けそうになった日本を守るべく沖縄に向けて飛び立った数多くの少年兵たちの遺書が展示されていました。

特に印象に残ったのは、その中の数多くの遺書がお母さんに向けたものだったことです。

それを一日読んで、涙が止まりませんでした。

 

◆『あの人たちは、どんな思いだったのだろう?』

『あの人たちは、何を残したかったのだろう?』

『命が終わるその瞬間に見た空の向こうに、どんな未来を夢みたのだろう?』

そこから永松茂久さんは、心が迷ったときは、一人で車を飛ばして『知覧』に足を運びました。

しかし、答えは見つからないままでした。

 

◆それから数年後、『陽なた家』を始めて、やっと軌道に乗ってきた頃女の子のスタッフがこう言ってきました。

「シゲにい、私今度の社員旅行、みんなで知覧に行きたいです。」

その子は休みの日、ある番組に出演した、元特攻隊だった濱園さんというおじいちゃんが最後に言った言葉が離れなくなったそうです。

「そのおじいちゃん、何ていったの?」と聞くと・・・

「えっと確か・・・『あの頃の若者の100分の1でも、1000分の1でもいい。大切な人を思って行きてほしい。』だったと思います。

 

◆その言葉で永松茂久さんは、自分がずっと探していた答えがぼんやり見えてきました。

この話には、さらに偶然が重なります。

永松茂久さんが『知覧』に社員旅行にいくことを実家で話したとき母の知り合いのお兄さんが書いたというある本をくれました。

それは『日本への遺書』(日新報道)という本でした。

この本の中にあった、ある青年の遺書が永松茂久さんに答えをくれました。

 

◆永松茂久さんは、今は亡き、その本の著者の妹さんに会いにいき、許可を
いただき、その遺書を書籍『感動の条件』でご紹介されています。

日本への遺書―生き残り特攻隊員が綴る慟哭の書/田形 竹尾

¥1,365

この『遺書』から、永松茂久さんは命がけの『フォー・ユー』の姿を感じました。

『後に続く青年が、戦争のない平和で、豊かな、世界から尊敬される
立派な文化国家を再建してくれることを信じて、茂はたくましく
死んでいきます。』

この文章を読んだとき、永松茂久さんの元に「たすき」が来たような氣がしました。

 

◆無視することだってできる。その意味を立ち止まって考えることもできるしかし、たすきを受け取った人間のすることは、さっさと一歩を踏み出すこと。

今の自分にできることは、その先輩たちに恥じない生き方をすること。

後に続く青年たちにその背中を見せていくこと。そしてその『意志』を後世に残していくことだと氣がつきました。

維新の志士や、特攻隊の少年兵たちは、最後の最後まで自分の愛する人を守りそして未来を案じた日本人の優しさの象徴だったのだと思いました。

 

その『知覧』の桜の木の下で、永松茂久さんの頭に思い浮かんだ言葉、それが「誰かのために」つまり書籍『感動の条件』で何度も書いた『フォー・ユー』という言葉だったのです。

※書籍『感動の条件』はこちらから
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■陽なた家はこちら

https://www.hotpepper.jp/strJ000788944/

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<魔法のレシピ>

■ 大切な人を笑顏にしよう

■ 大切な人のために顏晴ろう

■ 大切な人のために、できることから始めよう

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<さくらのB級グルメ>★★★

大戸屋にてNewメニューの炭火焼き鶏の黒酢煮込み定食横井の赤酢入り810円 792kcalを頂きました。


黒酢で煮込まれていて、さっぱりとしていて体によさそうですo(*⌒ω⌒)b

ご飯も、五穀米と白いご飯のどちらかを選べて嬉しいですねヾ(@^▽^@)ノ

大戸屋さんの歴史は昭和33年1月、創立者である先代三森栄一社長が、東京・池袋(現在の池袋東口店)に、「大戸屋食堂」として開店。

当初、先代は、「全品50円均一」というユニークな経営手腕を打ち出し、連日千人を越すお客様の支持を受け、「50円食堂」という愛称で親しまれたそうです。

 

現在、タイ・台湾・インドネシア・香港にお店を出店しているようです。

日本の家庭の味が海外でも楽しめるというのは!

嬉しいですね☆*.。((〃’艸’〃))。.*☆

有難うございます。

     
  

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