思いは伝染する! カンブリア宮殿 岡田武史監督より

岡田監督 信念のリーダーシップ―勝てる組織をどうつくるか/児玉 光雄

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カンブリア宮殿でワールドカップ日本代表で歴史に残る16強のチームを創り上げた岡田武史監督の特集を見ました。

岡田武史監督はいいました。

「選手を私が信じなければチームになりません。彼らはこんなものではありません。彼らを信じてチームに輝きを取り戻してみせます!」

 

■魔法の質問■

・あなたは、人の思いを大切にしていますか?

・あなたは、チームを信じていますか?

・あなたは、お芝居よりも汗をかいていますか?
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<魔法のレシピ>

思いは伝染する!

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◆ワールドカップで、それまで主力だった選手を外したことについて岡田監督はいいます。

ボクはナラ(楢崎)も外しました。

ナラのこのワールドカップに懸ける気持ちはオリンピックのオーバーエイジを辞退するくらいでしたからものすごい気持ちがあった。

でも「ボクはもう鬼の所業です」よね。

俊輔にしてもナラにしても外した。

 

◆ところが彼らがすばらしかったですよ。

もうその悔しさをおくびにも出さず、チームのために一生懸命やってくれてそしたらね、若い選手はさぼれないし、試合に出る選手はいい加減なことなんてできないですよ。

「あの人たちの悔しさを分かっているから、俺たちがやらなきゃいけない」って。

まあそういう意味では、ああいうベテランがチームを引っ張ってくれたと。

 

◆『北の国から』で知られる倉本さんとも親交が深い岡田監督。

倉本さんがいいました。

「芝居の感動が、スポーツの感動に負けるのはなぜなんだろう?とずっと追い求めて来たんですよね。

やっぱりどうも役者とアスリートじゃかく汗の量が違うんじゃないかという。」

 

サッカー日本代表の監督として歴史に残る16強のチームを創り上げた岡田監督の理想のサッカーは、選手がピッチの上で目を輝かせて生き生きと躍動するようなサッカーだといいます。

 

岡田武史監督の

「選手を私が信じなければチームになりません。」

という言葉が深く心に滲みました。

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<魔法のレシピ>

■ 選手を監督が信じなければチームになりません!

■ 彼らはこんなものではありません!

■ 彼らを信じてチームに輝きを取り戻してみせます!

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<さくらのB級グルメ> ★★★★★ ★★★

※2011年11月から
『★の最高を5個から、2倍の10個に変更』しました。
『2011年10月までの★の数は、2倍が目安』になります。

 

名古屋で手羽先の元祖 『風来坊』に行きました。

 

からっと揚がった、香りよい手羽先は、いくらでも食べられそうですね。

「もも焼き」はジューシーで食べごたえがあり、男性にお薦めですね。

 

ここからは『風来坊』元祖 手羽先の誕生HPより

 

■昭和38年、一人の男が北九州小倉から名古屋にやって来た。

大坪健庫、昭和4年生まれ九州男児である。

この男の手によって「手羽先」物語が始まる。

翌39年、東京オリンピックが開催され、東海道新幹線が東京・大阪間を3時間で結び、日本列島が大きく一歩を踏み出した頃である。

「風来坊」の一歩もこの時始まった。

大坪はかつて、北九州市門司で妻・淑子と2人で小さな店を営んでいた。

10人も座れば満席というほどの店である。ここで客に請われるまま、メニューにない鶏の唐揚げを出したところ大いに喜ばれた。

その時、彼の脳裏にひらめくものがあった。

 

■『唐揚げにタレをつける!』ただそれだけのことだが、この発想が後に爆発的な人気を呼ぶ 「手羽先の唐揚げ」を生むことになる。

唐揚げに独特の香味を醸す絶妙のブレンダー。

その“タレ”を、どうやって創り上げるか、それが大坪のテーマとなった。

彼は、仕事の合間をぬうようにして、広島、大阪へと、味を求めて各地に足を伸ばした。

「どうしたら、旨いタレができるか?」

納得できる味を求めてどこへでも行き、研究を重ねていった。

それは、「ターザン焼き」として実を結んだ。

若鶏の半身をそのまま揚げて焼くダイナミックな料理でそれに熟成して生み出した秘伝のタレをつけ、各種の調味料で味をととのえる。

大坪の求める味が、ここで一つの完成を見た。

ありがとうございます。

 

■この時点ではまだ、手羽先との出会いはないものの、その未来が誕生したといっていい。

鶏料理の本場といわれる九州で磨いたこのタレを身につけ、名古屋にやってきた大坪は、熱田区比々野に記念すべき第1号店を開いた。

この店で空前のヒット商品となる「手羽先の唐揚げ」が生まれ、後に各地へと展開してゆく「風来坊」のファミリーチェーンを担う、彼の愛弟子が育つことになる。

 

■ある日、いつものように仕入れ先へ出掛けた大坪は、そこに山のように積まれている「手羽先」をみた。

いつも見る「手羽先」が、なぜかこの日は、違ったものに見えた。

手羽先といえば、スープの材料程度にしか使われていなかった時代のことである。

この頃、店では前述の「ターザン焼き」を主力メニューに鶏料理全般を出していた。

「この手羽先に、あのタレをつけたらどうか?」

決断すると早い。さっそく彼は、手羽先をメニューに加えた。自信はあった。

予想通り売れた。

というより、予想を上回って売れたというべきか。

 

半身ごと丸揚げというターザン焼きのボリュームには手がでなかった客もこの手羽先の軽くて美味しく、しかも安いという三拍子揃った魅力に一発でまいった。

またたくまに、売れ行きナンバーワンのメニューとなった。

愛弟子は、彼の味を学んだ。

客が増える。

店が増える。

味を大切にする大坪は、いわゆるフランチャイズ方式をかたくなまでに拒む。

彼のもとで修行し、彼が認める味のレベルに達した時、暖簾が分けられる。

大坪は風来坊が多店鋪化する中で、味の暖簾を守ることに最も力を注ぎ、その味を身につける弟子をファミリーのように大切に育てた。

風来坊を支える味の秘訣がここにある。

素材はそれを大切に使いこなしてくれる人を得てはじめて、その魅力が本来の輝きを放つことを、彼は長年の経験で痛いほどに知っているからである。

◆いま風来坊で、「手羽先の出ないテーブルはない」といわれるまでになった。

店鋪は海外を含め80を数える。

タレを創りあげるまでの長かった道程、創業時代の苦しかった毎日、それを支えてくれた温かい人々の励まし。

オープン以来、走馬灯のように過ぎ去った今日までを振り返り、大坪はしみじみと、こう語る。

 「安くて、美味くて、感じがよい」店を!

■風来坊はこちら!

http://www.furaibou.com/

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