天を相手に生きる!  映画『カプリコン1』より

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映画『カプリコン1』を観ました。

 

■豊かさを創る質問■

・あなたは、毎日、何を基準において判断していますか?

・あなたの人生の目的は、何ですか?

・あなたは、天意を生きていますか?

 

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<魔法のレシピ>

 天を相手に生きる!

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ここからは映画『カプリコン1』のあらすじになります。

ネタバレがありますが、より深く内容を理解したい方にはお薦めかもしれません。

◆東の空が赤く染まり、やがて朝日が1日の始まりを告げようとしている中、人類史上初の有人火星宇宙船カプリコン・1の打ち上げが目前に迫っていた。

カプリコン・1には、ブルーベーカー(ジェームズ・ブローリン)、ウィリス(サム・ウォーターストン)、そしてウォーカー(O・J・シンプソン)らが乗り組んでいる。

発射5分前、突然カプリコン・1のハッチが開き、1人の男が乗組員3人を船外に連れ出し、ヒューストンより3人をジェット機で連れ去った。

 

◆そして5分後、カプリコン・1は、人々の見守る中、有人宇宙船の名の下に火星へ向かって飛び立つ。

一方、3人を乗せたジェット機は砂漠にある格納庫のわきに着陸した。

そしてそこには、NASAのケラウェイ所長(H・ホルブルック)がいた。

驚く3人に向かって、彼はカプリコン・1の生命維持装置に故障が発見されたが、我国の議会や世論を今一度宇宙計画へ目を向けさせるには、今さら計画の中止は出来なかった、という事実を告げる。

そして3人は、もしさからえば家族の安全は保証出来ないという脅迫の中、格納庫にある火星表面のセット・ステージで世紀の大芝居を決行する。

 

◆そしてそれが宇宙中継の形で、全世界にTV放送された。

よろこぶブルーベーカーの妻(ブレンダ・ヴァッカロ)達。

だが、家族と3人の宇宙飛行士との交信の内容に疑問を持ち出した男が1人いた。

新聞記者のコールフィールド(エリオット・グールド)だ。

何かがある、と探る彼。

そんな彼に忍びよるNASAの魔の手。

しかし、無事、“火星着陸”をやってのけたカプリコン・1が大気圏再突入の際、事故で消滅するという事態が発生。

これに感づいたブルーベーカーら3人は、消滅(=3人の死)に身の危険を感じ、格納庫より脱出する。

◆そして3人を生かしておいては、と、NASAの刺客が放たれた。

三方に分れて砂漠を逃亡する3人、そして事件の核心にふれ、友人のジュディ(カレン・ブラック)に金を借り、この世紀のスキャンダルをスクープしようとするコールフィールド。

灼熱の砂漠の中、NASAのヘリは、ウィリスを、ウォーカーを発見し、ブルーベーカーにも魔の手はのびた。

と、その時、アルバイン(テリー・サヴァラス)の複葉機をチャーターしたコールフィールドが、追われるブルーベーカーを助ける。

追うNASAのジェット・ヘリ。逃げる複葉機。

やがて、追撃戦の末、ヘリは爆破した。

そして、今、大統領臨席の下、3人の宇宙飛行士の壮厳な葬儀が始まったその時、ブルーベーカー夫人の瞳に、
車からおり、こちらにかけてくる死んだはずの夫の元気な姿が映った。

◆大好きな斎藤ひとりさんの
     『仁義』という詩があります。

大きな声で暗唱していると元氣100倍ですo(*^▽^*)o

     『仁義』  

たった一度の人生を 世間の顔色うかっがって

やりたいこともやらないで 死んでいく身の口惜しさ

どうせもらった命らなら ひと花咲かせて散っていく

桜の花のいさぎよさ

一度散っても翌年に みごとに咲いて満開の 花の命の素晴らしさ

ひと花どころか百花も 咲いて咲いて咲きまくる

上で見ている神さまよ 私のみごとな生きざまを

すみからすみまでごらんあれ

◆ たった一度の人生ですから・・・。

『上で見ている神様よ!私の見事な生き様を、すみから、すみまでご覧あれ!』

と大断言して生きてゆきたいですね。

シェークスピアはいいました。

・正直なほど、富める遺産はない!

・私は怒っても、その人間を憎むことはしない
偽りのない気持ちを相手にぶつけることが大切だ!
       本田宗一郎

・つねに率直に語れば、卑しい人間はお前を避けるであろう!
       ブレーク『地獄の格言』より

・ボスとはいえあくまで一個の人間である!
部下たるものはボスに完璧さを求め過ぎないことも大切である!

 逆に、上役たるものは上から横からナナメから 下から見られて
いることを忘れずに、たとえはるかに年齢の若い部下からでも
よいところは素直に学ぶという心掛けが肝要なのである!
       新将命

・正直な人は、神が創造した最も氣高い作品である!
       ポープ『人間論』より

◆『天知る、地知る、君知る、我知る!』という言葉がありますが・・・。

日本一の個人投資家である竹田和平さんは「ありがとうが幸せの鍵だった!」といいます。

※「竹田和平さんの経済の現状と展望①」

 

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<魔法のレシピ>

■ 天知る、地知る、君知る、我知る!

■ 上で見ている神様よ!私の見事な生き様を、すみから、すみまでご覧あれ!

■ より豊かで魅力的な魂に成長してゆこう!

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<さくらのB級グルメ>★★★★★ ★★★

サイゼリヤで赤ワインと生ハムのサラダをいただきました。

 

カンブリア宮殿で司会を勤める村上龍さんが、サイゼリヤの正垣会長を特集されたとき、サイゼリヤの質の高さや値段の安さを絶賛していましたが、同感です。

 

良質の豚のモモ肉を熟成させてつくられる最高級生ハム

「プロシュート(2枚入り、ミニフォカッチャ付)」

が399円です。

サイゼリヤが使用しているプロシュートは、イタリアのパルマハム協会認定の400日熟成の最高級グレード品。

舌でとろける味わいが一際おいしい逸品としてサイゼリヤで紹介しています。

サイゼリヤで赤ワインと本場の生ハムをいただくお時間は至高の愉しみのひとつです。

しかもお料理やお値段やお店の雰囲気だけでなくサイゼリヤの接客と、スタッフの仕事のスピードも素晴らしいです。

新宿店の八巻さん!いつもありがとうございます。

感謝しています。

 

※ここからは村上龍氏の「逃げる中高年、欲望のない若者たち」より抜粋

◆村上龍:最近わたしはびっくりした。

「サイゼリヤ」というファミレスである。

ファミレスにはほとんど行かなくなったが、カンブリア宮殿というわたしがインタビュアーをつとめるテレビ番組のゲストにサイゼリヤの正垣会長が出演することになって取材がてら食べに行ったのだった。

何がびっくりしたって、その安さとおいしさだ。

◆平日のランチ時に行った。住宅街の近くにある店だった。

まずその値段の安さにびっくりする。

前菜でオーダーしたパルマ産の生ハムは、大判2枚とパンがついて399円、こぶりのモンツァレラチーズ3個とトマトが299円、ハウスワインのグラス売りは100円だった。

もっと驚いたのは、パルマ産の生ハムが紛れもない「本物」だったことだ。

◆中田英寿が現役でパルマに所属していたころ、わたしは何度も彼の地を訪れ、ミラノやボローニャなどを含めて、かなりの量の生ハムを食べたが、サイゼリヤは、本場にまったく劣らない味だったのだ。

ほとんど同じランクの同じ大きさの生ハムが数枚入った真空パックを成城石井や紀ノ国屋で売っているが、2000円近くする。

サイゼリヤの生ハムは真空パックのものより安くておいしい。

カンブリア宮殿に出演した会長にそのことを聞いてみると、ブロックで輸入してスライサーでカットしているらしい。

でも、生ハムはあまり注文がないのだと言っていた。

◆モンツァレラチーズもまさしくバッファローの新鮮な本物で、本場イタリアの、たとえば高速道路のドライブインのものよりは品質が遙かに上だった。

何でこんなにハイレベルの食材がファミレスにあるんだ、とつぶやきながら、わたしは満足してハムとチーズを味わった。

ワインも本物で、フィレンツェで飲むキャンティのテイストが維持されていた。

ミラノ風ドリアは299円、パルマ風スパゲッティ(トマト味)は399円、サラミとパンチェッタのピザが399円で、全部味は確かだった。

◆特にピザと、スパゲッティ・ポモドーロは、本場イタリアでも通用するような「本物」の味と茹で具合で、本当にびっくりした。

そう言えば、2002年のw杯で来日したイタリア人のサッカー記者たちが毎晩サイゼリヤに通っているという噂があった。

「こんなに安くてちゃんとしたパスタやピザはイタリアにもない」

と言っていたらしい。

やがてイタリア人だけでなく、ヨーロッパのサッカー記者たちは大挙してサイゼリヤに通うようになったそうだが、彼らは

「非常に安くておいしいイタリアンのチェーン店がある」

という記事を絶対に書かなかった。

物価が高いという理由で本社からもらっている「日本滞在特別手当」が打ち切られてしまうからだ。

◆だいたい私は、都内にあるイタリアンの有名店が好きではない。

出入り禁止になるので名前は書けないが、西麻布や広尾や神宮前や銀座にあるイタリアンはあれほど高い金を取るほどの味ではない。

もともとイタリアンは家庭料理なので高いレストランは現地には非常に少ない上に、フレンチ風なソースがかかっていたりしておいしいと思ったことがあまりない。

サイゼリヤは本物だった。

そして、これほど安くて本物の味だったら、この大不況で苦戦を続けるファミレスチェーンの中で売り上げを伸ばし続けているのも当然だと思った。

 

◆逆に言えば、このくらいの味で、これだけ安くしなければ客は来ないということだ。

だが、他の客たちは、本当にそのすごい味と店の努力をわかっているのだろうかと疑問に思った。

もちろん店の努力が伝わるかどうかは問題ではないのだが、どれだけのレベルのものなのかがわからないまま食べている気がした。

たとえて言えば、

「フランスの街道沿い」に「日本の街道沿い」にある「かなりおいしそば屋よりも、おいしくて安いフラン人経営のそば屋がある」のと同じだ。

フランス人がそばを食べる可能性は低いので、うまい例えではないかもしれないが、とにかくどこかが異様だ。

◆たとえば、私の隣のテーブルでは、幼稚園児たちがピザとパスタを食べていたが、幼稚園から本場のイタリアンを食べるのは、どこか不自然ではないだろうか。

彼らが成長してイタリアを訪ねても、きっと食では感動しないだろう。

現在、小売業の勝ち組は、マクドナルド、アパレルのユニクロ、靴のABCマート、家具のニトリ!

いずれも、品質の悪さを安さでカバーするというようなコンセプトからはとっくの昔に決別した商品を世に送り出している。

ユニクロの服を着て、ABCマートで買ったスニーカーを履き、ニトリの家具のあるアパートに住んで、マクドナルドやサイゼリヤで食事し、ヤマダ電機で買った薄型テレビとパソコンで遊ぶ!

そういった生活は、おそらくわたしたちが学生だった頃より数百倍快適だろう。 

だが、何かが失われるような気もする。

それが、失われてもいいものなのか、それとも失われるとやばいものなのか、それはまだわからない。

 

※サイゼリヤはこちら!

http://www.saizeriya.co.jp/menu/grandmenu.html

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