因果はめぐる! 映画『ゴッドファーザー3』より

ゴッドファーザー PartIII <デジタル・リマスター版> [DVD]/アンディ・ガルシア,ダイアン・キートン,アル・パチーノ

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「ゴッドファーザー」シリーズの完結編映画『ゴッドファーザー3』を観ました。

$さくらの「ウェルシーシェフ」

■豊かさを創る質問■

・あなたは、人生に悪い種を蒔くのを辞めて、善き種を蒔いていますか?

・あなたは、あなたの良心の声を聞きそれに従っていますか?

・あなたの動機は善ですか? 私心はないですか?

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<魔法のレシピ>

因果はめぐる!

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$さくらの「ウェルシーシェフ」

ここからは映画『ゴッドファーザー3』のあらすじになります。

ネタバレがありますが、より深く内容を理解したい方にはお薦めかもしれません。

◆1979年のニューヨーク、ファミリーのドンとなったマイケル・コルレオーネ(アル・パチーノ)は、父の名を取った「ヴィト・コルレオーネ財団」の名の下、「シシリー復興のための資金」との名目で行った多額の寄付が功を奏してバチカンより叙勲される。

同時にバチカン内の資金運営を掌るアメリカ人のギルディ大司教との関係を得た。

$さくらの「ウェルシーシェフ」

◆そして、それをきっかけとしてマフィアとして違法なビジネスを長年行ってきた一族の活動から引退を決意するとともに、合法ビジネスへの全面的な転換を試みる。

その後、マイケルは寄付の窓口的役割を果たしたギルディ大司教と、その関係者による横領による莫大な損失金の穴埋めと引き換えに、バチカンと関係の深い、ヨーロッパを中心に活動する投資会社「インターナショナル・インモビリアーレ」の株の25%の取得する。

そして同社の経営権の奪取への後援を得ることで、合法ビジネスへの路線変更を試みる。

だが、マイケルの後継者はマイケルの息子のアンソニーではなかった。

アンソニーは、「優しい伯父」であったフレドの粛清がトラウマとなり、一貫してファミリーとそのビジネスを嫌悪し、大学を中退してオペラ歌手の道を進もうとしていたのだ。

$さくらの「ウェルシーシェフ」

◆その上、マイケルは、甥っ子にあたる長兄ソニーの遺児ヴィンセント(正妻の子ではなく愛人の子)と、マイケルのファミリーの違法ビジネスの大部分を引き継ぎ旧来のファミリーからは低い評価しか受けていない新興ボスのジョーイ・ザザの対立を和らげようとする。

その後、ヴィンセントの後見役となったマイケルと、ジョーイ・ザザの確執は悪化しアトランティック・シティのカジノホテル「パラッツォ・アズーリ」のペントハウスで行われた友好ファミリーの幹部会の最中に、ジョーイ・ザザの手下がヘリコプターを使い襲撃を行う。

$さくらの「ウェルシーシェフ」

◆マイケルとヴィンセントはからくも難を逃れたものの、この襲撃により多くの友好ファミリーの幹部が暗殺されてしまう。

実はこの襲撃は、ジョーイ・ザザが単独で行ったわけではなく、自らも深い利権関係を持つバチカンとの関係を深めていたマイケルの追い落としを狙ったドン・アルトベッロの肝煎りで行われたものであった。

またこの頃、ドン・アルトベッロの友人でイタリア政界の大物、かつ「インターナショナル・インモビリアーレ」の経営陣の1人で、ギルディ大司教をはじめとするバチカン内にも強い影響力を持つドン・ルケージによって、マイケルの「インターナショナル・インモビリアーレ」の経営権の奪取は激しい妨害を受けた上、マイケルが投資した資金がギルディ大司教が資金運用を委託していたアンブロシアーノ銀行頭取のフレデリック・カインジックに横領されてしまう。

$さくらの「ウェルシーシェフ」

◆さらにマイケルには、糖尿病という病魔が忍び寄っていた。

病状は進行し、時には崩れ落ちてしまうという深刻な状態に陥ってしまう。

そこに加わる、過去幾度も犯した数々のおぞましい罪。

特に次兄フレドの粛清がマイケルの心を侵食し、想像を絶する罪悪感に苛まれ、苦しみ続ける。

しかし事態は一刻の猶予も許さなかった。

マイケルの妹、コニーの支援を受けたヴィンセントは、マイケルの承認を受けないまま、アトランティック・シティの襲撃の復讐とばかりにジョーイ・ザザを射殺してしまう。

$さくらの「ウェルシーシェフ」

◆その後は、ドン・アルトベッロやドン・ルケージ、さらに後に新法王となり、ギルディ大司教による汚職を一掃するなどバチカン内の改革を進めようとした、ランベルト枢機卿をはじめとするバチカンを巻き込んだ全面戦争へと突入する。

そんなある日、父マイケルと和解したアンソニーのオペラ・デビューが決まり、ファミリーはその発祥の地であるシシリーに集まった。

今、オペラの幕が上がろうとしている。

だが、敵の手もすぐ近くに忍び寄り、オペラの最中にボディ・ガードが殺される。

そして上演後の拍手喝采のあと、外に出たマイケルに向けて銃が放たれた。

だが狙いははずれ、撃たれたのはメリーだった。

マイケルの叫び声が響く。

それから数年後、家の庭に腰かけていたマイケルに、静かな最期が訪れるのだった。

$さくらの「ウェルシーシェフ」

◆映画『ゴッドファーザー1、2、3』は、

『人間をより深く理解するうえで観る最高の映画』

のような氣がします。

ゴッドファザーとなった、マイケルの言葉が印象的でした。

・「敵を憎んじゃいかん、判断をあやまるからな!」

・「俺は上を目指してやってきた、そこは綺麗なところだと思って!ところが上にいくほど、そこは汚いところだった!」

『因果応報』という言葉があります。

「よい行いをした人には良い報い、悪い行いをした人には悪い報いがある。
過去および前世の因業に応じて果報がある」

という意味ですがマイケルの人生を観ていると、『因果応報』を感ぜずにはいられません。

因果(いんが、梵 hetu-phala)は、もとは仏教用語でした。

主として仏教やインドの哲学における考え方について解説すると西洋哲学や科学哲学等々も含めて、原因・結果という考え方についての人類が考えてきたことに関する総合的な記事としては因果性が立てられています。

◆仏教における『因果応報』の説明

釈迦は、原因だけでは結果は生じないとし、直接的要因(因)と間接的要因(縁)の両方がそろった(因縁和合)ときに結果はもたらされるとする(因縁果)。

そこで、縁起と呼ぶ法によってすべての事象が生じており、「結果」も「原因」も、そのまま別の縁となって、現実はすべての事象が相依相関して成立しているとする。

釈迦が悟った上記のような内容を縁起という。

その教えを学問上「縁起説」と呼ぶこともある。

仏教で通俗的に因果と言う場合には、業(ごう)思想と結びつき、自己の存在のあり方にかかわる因果性をいうことも多い。

「善因楽果・悪因苦果」と言うように、人間や天人として生まれる善の結果や、地獄・餓鬼・畜生として生まれる悪の結果を得るのは、前世の自己の善業あるいは悪業を原因とするという、方便(本来の教説に導くための一種の方法)としてしばしば使われる。

この因果は、われわれの行為に関するものである。

◆すなわち、自分のやった善は善果を生み、また悪を行えば悪果が返ってくる、と教える。

『因果応報』とも言われ、人間の行為を倫理的に規定する教説として言われたものであろう。

また、因果を植物にたとえ善因を善根(ぜんこん)ということがある。

なお、無貪・無瞋・無癡のことを三善根ということもある。

(善因善果・悪因悪果・自因自果)
因果の道理は大きく3つに分けられる。

・善因善果(善を行えば、善い結果が返る)

・悪因悪果(悪を行えば、悪い結果が返る)

・自因自果(自分の行いの報いは、自分に返る)

の3つである。

また、これらを知れば当然、廃悪修善の心が起きてくるものである。

原始仏典に含まれる法句経の「七仏通戒偈」には

「諸悪莫作 衆善奉行 自浄其意 是諸仏教」

(もろもろの悪事をなすなかれ。もろもろの善事を行え。自分の心を清めよ。これが諸仏の教えである。)と説かれている。

◆過去現在因果経

『過去現在因果経』は、5世紀に求那跋陀羅(ぐなばつだら)によって漢訳された全4巻の仏伝経典で、釈迦の前世の善行(本生譚、ジャータカ)と現世での事跡(仏伝)を記し、過去世に植えた善因は決して滅することなく果となって現在に及ぶことを説いている。

『因果応報』

因果応報とは、「善い行いが幸福をもたらし、悪い行いが不幸をもたらす」とする考え方、信仰である。

「善い行いが幸福をもたらし、悪い行いが不幸をもたらす」といった考え方自体は、仏教に限ったものではなく、世界に広く見られる。

ただし、仏教では、過去生や来世(未来生)で起きたこと、起きることも視野に入れつつこのような表現を用いているところに特徴がある。

もともとインドにおいては、バラモン教などさまざまな考え方において広く、業と輪廻という考え方をしていた。つまり、過去生での行為によって現世の境遇が決まり、現世での行為によって来世の境遇が決まり、それが永遠に繰り返されている、という世界観、生命観である。

$さくらの「ウェルシーシェフ」

◆仏教においても、この「業と輪廻」という考え方は継承されており、業によって衆生は、「地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天」の六道(あるいはそこから修羅を除いた五道)をぐるぐると輪廻しているとするようになった。

仏教が目指す仏の境地、悟りの世界というのは、この因果応報、六道輪廻の領域を超えたところに開かれるものだと考えられた。

修行によって悟ることができない人の場合は、(次に仏界に行けないにしても)善行を積むことで天界に生まれる(=生天)のがよいとされた。

『因果応報説の受容』

インドではもともと業と輪廻の思想が広くゆきわたっていたので、仏教の因果応報の考え方は最初から何ら違和感なく受容されていたが、それが他の地域においてもすんなりと受容されたかと言うと、必ずしもそうではない。

◆中国ではもともと『易経』などで、家単位で、良い行いが家族に返ってくる、といった思想はあった。

だが、これは現世の話であり、家族・親族の間でそのような影響があるという考え方である。

輪廻という考え方をしていたわけではないので、個人の善悪が現世を超えて来世にも影響するという考え方には違和感を覚える人たちが多数いた。

中国の伝統的な思想と仏教思想との間でせめぎあいが生じ、六朝期には仏教の因果応報説と輪廻をめぐる論争(神滅・不滅論争)が起きたという。

とはいうものの、因果応報説はやがて、六朝の時代や唐代に小説のテーマとして扱われるようになり、さらには中国の土着の宗教の道教の中にもその考え方が導入されるようになり、人々に広まっていった。

◆日本では、平安時代に『日本霊異記』で因果応報の考え方が表現されるなどし、仏教と因果応報という考え方は強く結びついたかたちで民衆に広がっていった。

現在、日本の日常的なことわざとしての用法では、後半が強調され「悪行は必ず裁かれる」という意味で使われることが多い。

ただ、ここにおいての因果応報という考えも輪廻との関わりよりも、現実での利益を強調しているという事実も見逃すことはできない。
※ウイキティーペデイアより

◆また『天知る、地知る、君知る、我知る』という言葉があります。

後漢時代は、宦官(かんがん)がはびこり、官僚も腐敗した時代だった。

第六代の安帝(あんてい)の時代の楊震(ようしん)のような高潔な官僚もいました。

楊震は、関西(函谷関以西の地)の出身で、博学であり、また清廉潔白な人物であったので、当事の人々から、「関西の孔子」とよばれていた。

その楊震がある地方の太守に任命されたときのことである。

赴任の途中の宿に着いた日、夜遅くに県令(けんれい・県の長官)の王密(おうみつ)がひそかに尋ねてきた。

「太守様、お懐かしゅうございます。荊州(湖北省)でお引き立ていただきました王密でございます」

王密は、楊震が以前、刺史(しし-監察官)だった時に、その学識を見込んで官吏(かんり)に挙げてやった男です。

◆久しぶりに会ったので、いろいろと昔話に興じていたが、やがて王密は懐から金十斤(現在の通貨価値は不明だがかなりな金額)を取りだした。

楊震におくろうというのである。

しかし楊震はおだやかに、だが断固としてはねつけた。

「別に賄賂(わいろ)などではございません。ただの昔のご恩にあずかりましたほんのお礼です。」

すると楊震は言いました。

「君は私の見込み通り、立派に成長して、県令になった。
まだまだ栄進して世のために尽くすことだろう。私に対する恩返しはすんでいるのではないか」

王密は言いました。

「そのように堅苦しくお考えなりませんように。それに、こんな夜中ですし、この部屋には、太守様と私と二人しかおらず、誰も知らないのですから。」

◆依然として楊震はおだやかに王密をみつめていた。

楊震の目は一瞬チカッと光り、静かに諭したのである。

「誰も知らないという事はないだろう。まず天が知っている。地が知っている。
それに君も知っている。私だって知っているではないか?」

       『天知る、地知る、子知る、我知る』

さすがに王密はこの楊震の言葉に恥じいって引き下がりました。

楊震はいっそう高潔な姿勢を保ち、やがて大尉(兵事をつかさどる最高官)にのぼったのである。

この話は『後漢書』の「楊震の四知」として知られています。

世の中には、いろいろな人がいます。

・法を遵守する人。

・捕まらなかったら何をしようと勝手と考える人。

・人が見ていなくても、不法行為をしない人。

・自分の心が基になっている人。

誰も見ていないと思っても、実は見られているということです。

それは、もっとも大切な自然を分けた存在である、自分が観ている!ということですね。

◆世界一の鉄鋼王となったAカーネギーは、スコットランドの詩人であるロバートバーンズの詩を座右の銘にしていました。

『汝の良心の声のみを恐れ、それに従え!』

JALの再建をしている、稲森和夫会長がDDI(第二電電)を設立し、電気通信事業へ参入するにあたって、自身の動機に利己的な心、「私心」がないかと、半年間にわたり自問したときの言葉があります。

『動機善なりや、私心なかりしか?』

動機が善であり、実行過程が善であれば、結果は問う必要はない、必ず成功するという信念をもっています。

◆孫正義社長は、2010年6月25日、ソフトバンクの『新300年ビジョン』を発表する際に2万人の社員に言いました。

『ソフトバンクの社員の『新300年ビジョン』の全てのプレゼンに、思いとして自分のエゴのためではなく、他の人々の幸せのためにやるというのが中心に据えられていたのがとても嬉しい!

もちろんソフトバンクは上場企業なので、価格競争をやったり新製品を出さなければならない。

でも重要なのは「何のためにそれをやるのか?」ということです。

ソフトバンクは『情報革命で人を幸せにする!』というこの1行です。

大成功した事業家は、人が見ていようが、見ていまいがしっかりとした『信念軸』もっていることが共通していますね。

有難うございます。

※お薦めDVD『ゴッドファーザー3』はこちら!

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<魔法のレシピ>

■  因果応報を意識しよう!
『天知る、地知る、君知る、我知る』

■ 『汝の良心の声のみを恐れそれに従え!』

■ 『動機善なりや、私心なかりしか?』
      稲森和夫会長

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<さくらのB級グルメ>★★★★★ ★★★

『吉野家』新定番品の牛鍋丼(ぎゅうなべどん)を頂きました。

$さくらの「ウェルシーシェフ」

牛肉のほか、糸コンニャクや豆腐が入っており、まさに牛鍋状態ヾ(@^▽^@)ノ

『吉野家』はプレスリリースで

「私たち吉野家の牛丼の起源ともいえる、そのうまさをあらためて追求したのが牛鍋丼」

とコメントしていて、かなりの自信作(。◕‿◕。)​ノ

280円という低価格も嬉しいですね♪

ミ★(=^・・^)v Thanks!!★彡

$さくらの「ウェルシーシェフ」

『吉野家』の牛丼がより洗練されたような味で、繊細なウマミと甘味、そして牛肉(脂身)のジューシーな肉汁がご飯に浸透して、美味しいですね♪

$さくらの「ウェルシーシェフ」

牛丼に劣っていない味です! 

味、食感、満足度、価格、すべてにおいて満点に近い点数ですね。

※牛丼の吉野家はこちら

http://www.yoshinoya.com/menu/don/gyunabedon.html

有難うございます。

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