「人心」に従えば衰え朽ち「道心」に従えば栄える!    二宮 尊徳より

二宮尊徳/武者小路 実篤

¥1,680

二宮 尊徳翁の生涯を読みました。

 

各地の小学校などに多く建てられた、薪を背負いながら本を読んで歩く姿に関する記述は、1881年発行の『報徳記』で現れます。

 

報徳記を基にした幸田露伴著の『二宮尊徳翁』(1891年)の挿絵ではじめて薪を背負って歩く姿の挿絵が使われました。

 

・あなたは、たんなる本読みにならずに、その知恵を活かしていますか?

・あなたは、我欲に執着し私利私欲に走っていませんか?

・あなたは、経済と道徳を融和し社会に貢献していますか?

 

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<魔法のレシピ>

「人心」に従えば衰え朽ち、「道心」に従えば栄える

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二宮 尊徳 翁(にのみや そんとく)は1787年9月4日 -1856年11月17日、江戸時代後期に「報徳思想」を唱えて「報徳仕法」と呼ばれる農村復興政策を指導した農政家・思想家。

通称は金次郎(正しい表記は「金治郎」)

※「尊徳」は正確には「たかのり」と読みます。

 

◆報徳仕法(ほうとくしほう)は、日本近世の文政年間以降に二宮尊徳が主導した財政再建策の総称です。

基本的な考え方は、報徳思想の基本的な概念でもある「分度」と「推譲」である。

それぞれが「分」に応じた生活を守り、余剰分を拡大再生産に充てることの重要性が強調されています。

 

◆二宮 尊徳の生涯

相模国足柄上郡栢山村(現在の神奈川県小田原市栢山(かやま))に百姓利右衛門の長男として生まれる。

当時の栢山村は小田原藩領であった。

彼が5歳の時の1791年(寛政3年)8月5日南関東を襲った暴風で付近を流れる酒匂川の坂口の堤が決壊し、金次郎の住む東栢山一帯が濁流に押し流されてしまった。

その影響で田畑は砂礫と化し、父利右衛門の田畑も流失した。

 

◆小田原時代
・子供の頃、わらじを編んで金を稼ぎ、父のために酒を買った。

・両親の死後、叔父の家に預けられると、寝る間も惜しんで読書をした。

・油代がもったいないと叔父に指摘されると、荒地に菜種をまいて収穫した種を菜種油と交換し、それを燃やして勉学を続けた。

・荒地を耕して田植え後の田に捨てられている余った稲を集めて植えて、米を収穫した。

・一斗枡を改良し、藩内で統一規格化させた。

役人が不正な枡を使って量をごまかし、差分を横領していたのをこれで防いだ。

・倹約を奨励し、かまど番から余った薪を金を払って買い戻した。

 

◆14歳で父利右衛門が死去、2年後には母よしも亡くなり、尊徳は伯父二宮万兵衛の家に預けられた。

伯父の家で農業に励むかたわら、荒地を復興させ、また僅かに残った田畑を小作に出すなどして収入の増加を図り、20歳で生家の再興に成功する。

この頃までに、身長が6尺(約180センチ強)を超えていたという伝承もある。 また体重は94kg[2]あったと言われている。

生家の再興に成功すると尊徳は地主経営を行いながら自身は小田原に出て、武家奉公人としても働いた

 

◆桜町時代
・ナスを食べたところ、夏前なのに秋茄子の味がしたことから冷夏となることを予測。村人に冷害に強いヒエを植えさせた。

二宮の予言どおり冷夏で凶作(天保の大飢饉)となったが、桜町では餓死者が出なかった
(実際には、数年前からヒエを準備させていたことが分かっている)。

・早起きを奨励した。

・開墾した田畑は、既存の田畑に比べると租税負担が軽くなることに注目、開墾を奨励した。

・村人らに反感を持たれ、復興事業が上手く行かなくなると、突然行方不明になった。間もなく成田山で断食修業していることが判明。

修業を終えて戻ると村人らの反感もなくなっていた。

・村人の仕事ぶりを見て回り、木の根しか撤去できない、周りの村人から馬鹿にされていた老人に15両もの褒美を与え逆に、人が見ている時だけ他の村人より3倍近く働いているように見せかけて普段はサボっている若者を厳しく叱った。

 

◆奉公先の小田原藩家老服部家でその才を買われて服部家の財政建て直しを頼まれ、見事に成功させて小田原藩内で名前が知られるようになる。

その才能を見込まれて、小田原藩大久保家の分家であった旗本宇津家の知行所であった下野国桜町領(栃木県旧二宮町周辺、なお同町の町名の由来は二宮尊徳である。現在の真岡市)の仕法を任せられる。

 

◆後に東郷陣屋(同じく真岡市)にあって天領(真岡代官領)の経営を行い成果を上げる。

その方法は報徳仕法として他の範となる。

その後、日光山領の仕法を行う。

下野国今市村(現在の栃木県日光市)報徳役所にて没。

尊徳の仕法は他の農村の規範となった。

 

◆没後の1891年(明治24年)11月16日に従四位が追贈されている。

二宮尊徳をまつる『二宮神社』が、生地の小田原(報徳二宮神社)終焉の地・今市(報徳二宮神社)、仕法の地・栃木県真岡市(桜町二宮神社)などにある。

尊徳記念館が神奈川県小田原市栢山にある。

栃木県真岡市にも二宮尊徳資料館がある。

※尊徳に関しては多くの逸話が残っている。これらの逸話の多くは、尊徳の伝記『報徳記』を由来とする。

 

◆報徳思想(ほうとくしそう)は、二宮尊徳が説き広めた道徳思想であり、経済思想・経済学説のひとつ。

経済と道徳の融和を訴え、私利私欲に走るのではなく社会に貢献すれば、いずれ自らに還元されると説く。

 

たらいの中の水に例えることも多い。

 

◆報徳の教え

報徳の教えとは、二宮尊徳が独学で学んだ神道・仏教・儒教などと農業の実践から編み出した、豊かに生きるための知恵である。

神仏儒を究極的には一つにいたる異なる道に過ぎないと位置づけ、神仏儒それぞれの概念を自由に組み合わせて説かれている。

※そのため報徳の教えを報徳教と呼ぶことがあってもそれは宗教を意味するものではない。

 

◆報徳の教えの中心的概念は大極である。

この大極にそった実践を行うということが報徳教の根幹をなす。

二宮尊徳はこの大極を『三才報徳金毛録』のなかで円を描くことによってしめしている。

この円を分けることにより、天地・陰陽などの区別がうまれる。

つまり、大極とは、すべてのものが未分化な状態、一種の混沌状態をさす。

 

◆大極はつねにそこにあるものであるため、人間が何をしようがつねに大極とともにある。しかしながら、人間は「我」であるため、つねに大極と何らかの関係をとらなければならない。

そこから大極に対して積極的に向かう姿勢である「人道」と大極に消極的に向かう「天道」の区別が生まれる。

「天道」にのみそって生きるとき、「我」である人間を支配するものを「人心」とよび

「人道」にそって生きるとき我を支配するものを「道心」という。

「人心」は我欲にとらわれたこころであり、欲するばかりで作ることがない。

このような心の状態でいる限り人間は豊かになることができない。

「道心」にそった生き方をして始めて人間は人心への囚われから解放され、真の豊かさを実現できるのである。

 

◆ここで重要なのは、「道心」にそった生き方というのが何処までもプラグマチックに説かれているところである。

「道心」は、それが善だからなどの道徳的な理由で選択されるべきものなのではない。

報徳教は単に、「人心」に従えば衰え朽ち、「道心」に従えば栄える。という道理を説くに過ぎないのである。

◆至誠・勤労・分度・推譲

「道心」にそったこころの状態を報徳教では「誠」とよぶ。

この誠は儒教で言うところの徳や仁という概念に等しいものである。

つまり、大極にたいして積極的に向かっていく暮らしとは、まず「誠」を尽くしたものでなければならない。

我の心を大極と積極的にかかわる状態、つまり誠・徳・仁の状態に置くことを「至誠」とよび、至誠がまず実践の第一をなす。

この至誠の状態で日常生活のすべての選択を行っていくことを「勤労」とよぶ。

「至誠」がこころの状態をさすのに対し、「勤労」はそれが行動になって現れた状態をさすのである。

そのため、「勤労」とは働くことを含むが単に働くことをさすのではない。

◆「勤労」することで日常のすべての行動が「誠」の状態から行われるため、当然それは消費活動にも現れる。

これを「分度」という。

つまり、「分度」とは、けちをすることではなく、「至誠」から「勤労」した結果に自然と使わざるをえないもののみを使うということを意味する。

そして、最後に「分度」して残った剰余を他に譲ることを「推譲」とよぶ。

「分度と」同様に、「推譲」は単なる贈与なのではなくて、至誠・勤労・分度の結果のこったものを譲ってはじめて「推譲」になるのである。

◆実践としての報徳の教え

以上のように、「道心」を立てた結果として、至誠・勤労・分度・推譲を行っていくことではじめて人は物質的にも精神的にも豊かに暮らすことができるというのが報徳教の根本的論理である。

ここで論理というとき、それが教えそのものでないことに注意が必要である。

「報徳の教え」の真髄とは、これらの至誠・勤労・分度・推譲の実践のなかでいかに「徳」が「徳によって報われていくか」ということを見極めることにある。

◆この実践のなかで初めて理解できる言語化できないものこそに「報徳」の教えの真髄があり、尊徳が「見えぬ経をよむ」という言葉で示しているのはまさにこのことをさす。

また尊徳が、たんに本を読むだけで実践につながらない態度を諌めて「たんなる本読みになってはいけない!」と語ったのも同様の事情によるものである。

 

◆フリー二宮金次郎
2009年10月にイタリア人留学生ステファノ・ロドラは「フリー二宮金次郎」というボランティア活動を始めた。

主な活動としては、道行く人に声をかけ、本を読みながら、ほんの少し一緒に歩いてもらうというものである。

歩きながら本を読んだり、通勤通学の電車やバスの中で本を読むことで、移動中の時間を有効に使うことを目指す。

働きながら勉強をしたと言われる二宮金次郎のように、活字離れの傾向が強い若者はもちろん、多くの日本人に今一度本と向き合い、自己啓発に努めてもらうことが目的である。

40代でやるべきこと、やってはいけないこと(戦略的に人生をつくる19のリストと37の言葉)/井上裕之

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◆ある卓越した事業家に教えていただいたことがあります。

その方は事業で、若い経営者の卵と一緒に仕事をする時があるそうです。

若い方は、成功し続けているその事業家と一緒にいるときは凄く元氣(強氣)に、お客様と向き合って

お客様にとって本当に良いものを本氣でつたえて業績を向上していました。

ところがその方が独立して、田舎に帰り自分で事業を始めると、数か月もしないうちから途端に「弱気」になっていることがあるというのです。

負債を抱えて事業を立ち上げ、自分自身の直接の損得で事業を始めると、「無理はできない!」と感じるのかもしれません。

 

◆その事業家に「なぜ、あなたは一人でも、廻りの環境に流されたり、引きづられて弱氣にならないのですか?」とお聞きすると

・「目の前の人に、プラスを与えようと本氣で考え行動しているからだよ。ビジネスであれば、相手に本氣で儲けさせようと考える。」

・「そして、やるからには絶対に勝とう!と考えている。そのために自分の強みを蛇口から、水がぽたぽたと垂れるように常に伸ばして、拡げていくこと。」

・「学んで解決できない問題はない。」

・「人様にたいしては、常に柳のように頭を下げて、礼儀正しく接する自分が向上することや学ぶことに対しては、常に上へ上へと高見を目指す」

 

さらに具体的な行動として

・「レスポンスは素早くすること」
・「気配り」と「心配り」を大切にしつづけること
・ 下心なく、人様とお付き合いすること

大切なのは「人間力!」です。

自分自身がまずは、人からの有卦(うけ)が良い人になることです。

つまり幸運な人になることですよ。

と教えてくださいました。

 

◆彼はまた『会社は、社長の器以上にならない!』といいます。

 

経営者は、ミッション(理念)やビジョン(望む結果)のイメージとそれを実現するための計画と方針を明確にして、社員一人ひとりに情熱とともに伝えることです。

会社のクレド(行動指針)を明確にして、情報が末端の従業員一人ひとりにまで浸透する仕組みと、計画、実践、測定、改善・是正(PDCAサイクル)の仕組みがなければならないといいます。

やはり江戸時代でも、現代でも、成果を出し続ける人は根本で共通している部分がありますね。

二宮尊徳に学ぶ経営の知恵―600の村を救済した“報徳仕法”とは/大貫 章

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※出典:ウィキメディアはこちら
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E5%AE%AE%E5%B0%8A%E5%BE%B3

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<魔法のレシピ>

■我欲にとらわれた心は、欲するばかりで作ることがない
このような心の状態でいる限り人間は豊かになることができない

■経済と道徳を融和し、私利私欲に走るのではなく
社会に貢献すれば、いずれ自らに還元される

■二宮尊徳師はいいました。
『 道徳なき経済は罪悪、経済なき道徳はたわ言』

※「たんなる本読みになってはいけない!」

「報徳の教え」の真髄とは、至誠・勤労・分度・推譲の実践のなかでいかに「徳」が「徳によって報われていくか」ということを見極めることにある

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<さくらのB級グルメ> ★★★★★ ★★

 

サイゼリヤで日替わりランチをいただきました。

 

今日の日替わりは『照り焼きハンバーグに一口辛みチキン』です。

ドリンクバーやライスがついて600円です。

 

お店は明るい雰囲気で、ビーナスの絵がたくさん装飾されてありBGMもイタリヤを感じさせてくれ嬉しいですね。

ペプシコーラーやカプチーノ、エスプレッソをいただきながらゆっくりとするときのサイゼリヤはいいですね。

 

豊かな氣持ちになります。

 

■『サイゼリヤ』はこちら!
https://www.saizeriya.co.jp/

ありがとうございます。

     
  

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